さのです。京都市役所に打合せに行った帰りに、堺町画廊に寄ってきました。京都はまた冬にもどったみたいで、寒い寒い。画廊の奥のギャラリーは町家の通り庭ですが、ありがたいことにペレットストーブがぽやぽや燃えていて、あったかい。2年生たちが訪れてくれた方と何やらお話しています。
だいたいの作品は眼を通していたので、いまさら眺める必要もない、と思っていたところが、おや、見たことも無いものが。丸い火鉢のようなオブジェが眼を引きました。なんだ、これ?
火鉢の中に小さな小屋が未開人集落のようにあつまっています。説明を見ると、夏前にやっていた「京都建築スクール」のつづきの作のようです。
「昨日の晩につくりました」
いつの間に来たのか、横で作者のタカユキ君の声が。
「3mの離隔距離を保って家をつくるというルールでこんな居住形態を考えてみました」
「でも、それだけではこんな形は出て来ないよね」
「そもそもは家と家の間の空間をつくりたかったのですが、それは離隔距離ルールの設定だけでは出て来ないです」
「それで家の内と外との中間の領域を設けたんだね」
「はい、もともとは個々の家から外部の空きスペース(中間領域)に人々のアクティビティがにじみ出て行くことを主眼としたものです」
「なるほど、ここにみられるような集落単位で共有することにはとても大事な意味がある」
「ぼくもそう思います」
「その考え方には大いに賛成だ。でも、この丸い形の根拠は何だろう?」
「根拠はとくにありません」
「ひとつの集合単位のシェルターのもっともわかりやすい原型なんだろうね」
「そうも言えるかと思います」
「最近、とみに感じることに、今まではどちらかというと、個々の家を単位に生活の器を考えて来たように思う。でも、これからは複数のご近所さんとのつながりを基本にした住空間を基本として考えた方がいいのではないかと」
「まったく同じことを感じています」
「それはそもそも、集合住宅の発想にあったものだけれども、都市における集合住宅は、残念ながら、そういう人のつながりを断絶したところに発展して来たようだ。本来、個々の独立住宅のまちよりも、関係性をつよく持つはずの集合住宅で、個々の住空間を独立性を高めているというのは、矛盾でしかない。そこに独立をベースにした階層的な関係性を構築するということになるのだが、今にいたるまで、まだそのバランスのよい関係性は定着できていないんじゃないかな」
「はい、もっとその共有部分をひろげていって、生活の重要な部分もゆるやかに交わった関係性が空間的にあってもいいのではないかと思っています」
「かつて、田舎のムラ社会から都会に出て来た第一世代はマンションに住んだが、その子どもたちあるいは孫の第3世代にいたって、都会にもともとのムラ社会にあったようなつながりを求めているということなのかもしれないね」
「若い世代のシェアハウス志向という現象を見ていると、そう言えるのかもしれません」
「なるほど。そうすると、次にはそんな<個室〜リビングルーム>関係を家族から近隣へと広げたところでの、新たな大きなファミリー関係を考えてみなくてはならないだろうね」
(さの〜タカユキ)
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