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[学校内のあれこれをお伝えします!]
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 今年の夏の公開講義は、学校のすぐ近くにある平安女学院大学明治館と、聖アグネス教会堂を舞台に、京都工芸繊維大学の中川理先生にご案内と講演をいただきました。梅雨の間の晴天の日で、たいへん暑い中ではありましたが、学生と一般から110名余りの参加となりました。

 まずは明治館を自由に見学してもらった後、中二階にある会議室に全員が集まり、明治館に関して平安女学院様の説明と中川先生の建築に関する解説をうかがいました。中川先生ご自身、平安女学院で教鞭を持たれ、この明治館の保存と活用に際して骨を折られたそうです。こうしてきちんと修復され、授業に利用されている姿を嬉しく拝見したとのこと。大阪の川口から学院が引越してきた明治28年当初は、まだ教会ができておらず、この会議室で礼拝が行われていたとのこと。この建物はかつて教会堂と同じガーディナーの設計と云われていたが、その後調べてみて、ハンセルの手によるものと判明した。全体はイギリスの住宅風で、簡素なクイーン・アン様式となっていること、いくぶんレンガを厚めに積んでいることから、95年の震災時にも何とか耐えられ、今回は大規模な修復工事にはいたらず、鉄骨の補強で耐震性を確保できたことなどが説明されました。

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 3時から隣にある聖アグネス教会堂に移り、京都聖公会聖アグネス教会の鈴木恵一様に教会の説明をいただいた後、オルガンと歌の演奏を聴きました。豪壮というよりは素朴で、左右の対称性も崩し、やわらかに温かく包みこんだ素晴らしい空間を、しばし楽しんでもらえたかと思います。

 中川先生の「建築から読み解く古都の近代」は、明治初期にダウンした京都がどんなよみがえり方をしてきたかというお話です。御所も空っぽ同様になり、岩倉具視のはたらきで京都御苑として整備されることに。やがて周辺にあった大名や公家たちの屋敷もなくなって空いた土地に同志社、平安女学院という大学が移って来ます。アメリカ人建築家ガーディナー、イギリス人建築家ハンセルという二人が、ついで日本人建築家の武田五一、松室重光が活躍して、明治大正期の京都の御所周辺の景観ができあがって来た。平安女学院大学は同志社大学に次いで、これらの貴重な歴史的建築資料をもつ有数の大学ですね。

 景観条例をもとにあらたな都市景観の創生を掲げる京都に、今の見た目の美しさのみならず、こうした歴史的な建築に読み込まれる意味の重要性がもっと強調されてよい、という感想をあらたにしました。中川先生、平安女学院様、聖アグネス教会の鈴木先生、参加されたみなさんのご協力に心から感謝いたします。ありがとうございました。                                   (さのはるひと)




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